【明石城観光】実は姫路城より広い!宮本武蔵ゆかりの名城を歩いてきました|次回作は明石市

「ここを歩いたら、きっと面白い謎が作れる。」

そんなことを考えながら、次回作となる明石市の謎解き周遊クイズの取材へ行ってきました。

今回の舞台は、兵庫県が誇る名城「明石城」。

城好きの私としては、もちろん外すことのできない場所です。

さて、この明石城が次回の謎解きに登場するのかどうか…。

それは完成するまでのお楽しみです(笑)

今回は備忘録も兼ねて、実際に歩いて知った明石城の魅力をご紹介します。


実は姫路城より大きい!?明石城のスケールに驚く

明石城は1619年、小笠原忠政によって築かれました。

明石城公園の広さは約25ヘクタール

これはなんと甲子園球場約13個分もの広さがあります。

城郭面積を比べると

  • 明石城:約25ha
  • 姫路城:約20ha
  • 赤穂城:約15ha

実は姫路城より広い城なんです。

しかも築城当時は、現在の国道2号線付近まで城の敷地だったと考えられています。

歩いていると、「本当にこんなところまでお城だったの?」と想像するだけでワクワクしてきます。


現存する三重櫓が2基も残る全国でも珍しい城

明石城最大の見どころがこちら。

全国に現存する三重櫓はわずか12基しかありません。

そのうち2基が明石城に現存しています。

公園入口から見ると

  • 右が「巽櫓(たつみやぐら)」
  • 左が「坤櫓(ひつじさるやぐら)」

左右対称に並ぶ姿は本当に美しく、初めて見た時は思わず立ち止まってしまいました。

しかも屋根の構造も違います。

巽櫓

軒唐破風 → 千鳥破風 → 千鳥破風 → 入母屋造

坤櫓

軒唐破風 → 千鳥破風 → 軒唐破風 → 入母屋造

このような構造は非常に珍しく、彦根城にも匹敵すると言われています。

ぜひ屋根にも注目してみてください。


なぜ明石に巨大な城が造られたのか

小笠原忠政はもともと信州・松本城の城主でした。

大坂夏の陣で功績を挙げ、8万石から10万石へ加増され、1617年に明石へ移ります。

翌1618年、徳川二代将軍・秀忠から明石城築城を命じられました。

目的は、西国諸藩への備え。

九州や中国地方から万一攻め込まれた場合に備える、西日本防衛の重要拠点だったのです。

城の場所も徳川幕府が慎重に選定。

本多忠政が候補地を調査し、その絵図を見た秀忠が現在の場所を選んだと言われています。

建築費は銀1000貫。

現在の価値では約31億円ともいわれています。


宮本武蔵が明石城に関わっていた!?

実は明石城には、あの宮本武蔵も深く関わっています。

山里曲輪の整備や、広大な庭園「樹木屋敷」の作庭に携わったと伝えられています。

現在の庭園は2003年に復元されたものですが、武蔵の世界観を感じられる場所です。

さらに武蔵が作ったとされる

  • 本松寺
  • 雲晴寺

この3つの庭には共通点があります。

それは

庭を歩く時は、ぜひ「亀」を探してみてください。

見つけた瞬間、少し宝探しをしているような気分になります。

また、城づくりの名人・小堀遠州も築城に関わった可能性があり、武蔵との交流があったのではないかというロマンあふれる説もあります。


天守がない理由は今も最大のミステリー

明石城には巨大な天守台があります。

広さは約152~153坪。

もし天守を建てていれば、熊本城級の巨大天守になったとも言われています。

しかし、天守は最後まで建設されませんでした。

理由を記した資料は残っておらず、現在も最大の謎です。

有力な説は、

「大砲の時代には巨大な天守は狙われやすく、防御上不利だった」

というもの。

その代わりとして、高さ約13メートルの坤櫓が天守の役割を担いました。

実はこの高さ、備中松山城の天守(約11メートル)より高いのです。

櫓とは思えない存在感があります。


阪神・淡路大震災からよみがえった石垣

1995年の阪神・淡路大震災では、明石城の石垣も大きな被害を受けました。

城全体のおよそ19%が損傷し、その後「曳家工法」という技術を使って櫓を移動させながら修復されました。

現在見ることができる石垣には、新しく積み直された部分もあります。

石垣をよく見ると、

  • 矢穴跡
  • 切込接ぎ
  • 算木積み

など、江戸時代の石工たちの技術が間近で観察できます。

派手さはありませんが、その美しさはまさに職人技です。


城だけじゃない!織田家長屋門にも注目

明石城へ行ったらぜひ立ち寄ってほしいのが「織田家長屋門」。

明石藩家老・織田家の屋敷門で、貴重な江戸時代の建築です。

さらに、明石城が築かれる前には、この地には「船上城」がありました。

船上城はキリシタン大名として知られる高山右近が築いた城。

その船上城周辺の屋敷で使われていた長屋門が移築されたと伝えられています。

歴史が幾重にも重なっていることを知ると、また違った景色に見えてきます。


実際に歩いてみて感じたこと

明石城は「天守がない城」という印象だけで語るには、本当にもったいないお城でした。

現存する二基の三重櫓。

巨大な城郭。

宮本武蔵とのつながり。

数々の謎。

そして、歩けば歩くほど見つかる歴史の痕跡。

気が付けば予定より長く歩いてしまいました(笑)

今回の取材では、「ここを謎解きの舞台にしたら面白そう!」と思える場所がたくさん見つかりました。

次回作の明石編では、この歴史やロマンを楽しみながら巡れる作品にしたいと思っています。

明石城へ行かれる方は、ぜひ櫓を見上げ、石垣を眺め、庭園で亀を探しながら歩いてみてください。

きっと、歴史が少し身近に感じられるはずです。

そして…もしかすると、その景色が次回の謎解きにも登場するかもしれません。